話は突拍子もないところから始まりますが、トヨタが日本のモータリーゼーションの復興を真剣に考えているとするなら、その結果「86」の販売を続けさらにスポーツカーのラインナップを増やすことは戦略としてあまり期待できないと思います。バブル期にはシルビアやRX7といったスポーツカーが脚光を浴びましたが、その販売規模は一般車を大きく凌ぐようなものではなく、当時の若者の欲望を満たす存在として祭り上げられるのはやや過大評価という気がします。今も昔もそうですが、とことんストイックにサーフィンやスキー・スノボをやり込む若者が一体どれくらいいたのでしょうか?多くはファッションとしてそれらに接近していた人が大多数だと思います。
同じようにスポーツカーとストイックなまでに向き合ってきた人がどれくらいいるのでしょうか? むかしヤンチャしていたという行きつけのGSのオッサンの武勇伝を聞いていると、湾岸線で250km/hオーバーの超高速バトルなんて俄には信じ難い話がよく出てきます。32GT-Rってそんなに速かったのか? まあ事の真偽はどうでもいいことですが、結局のところスポーツ走行もサーフィンみたいなチャラいノリでへらへらと行われていただけで、結局はモテたいが最大の動機だったと思います。そんな不純な動機によってよく売れた当時の日本が世界最高のスポーツカーの発信地でロードスター、RX7、NSX、S2000、MR-S、インプレッサSTi、ランエボなど世界を驚嘆させるモデルを次々と作っていたのは事実です。
トヨタは良質なスポーツカーを次々と作った過去の日本車の栄光を、後世にしっかり伝えるためにスバルと組んで「86」を作ったようですが、やはり本当に日本が世界に誇るべきオリジナルのクルマ文化というのは「ハチロク」ではなく「セルシオ」であって、スポーツカーよりもVIPカーなんじゃないかと思います。レクサスLSに不必要にプレミア価格を付けるのではなく、北米価格(約700万円)で売ることがクルマ人気の回復の特効薬になりうるでしょう。今やLSの価格はじわじわと上昇し、1000万円を大きく超えるグレードがほとんどになってしまいました。元々はセルシオの延長線上のクルマではありますが、そのキャラクターは大きく変わってしまいました。
先日、神奈川県某所で20系セルシオにブレンボのキャリパーを4輪に仕込むという、奇抜な"Lセグスポーツセダン"を見かけました。せっかくの乗り心地が台無しでは?とは思いますが、しかし高品質時代のメルセデスをターゲットに作られていて、あらゆる基本性能に高い基準を入れたバブル期設計の"モンスターカー"ですから、その潜在能力を最大限に引き出そうとするチューナーの意図もわからなくないです。そしてこれこそが日本車の最大の魅力じゃないか!と・・・。かつてはトヨタだけじゃなく、日産シーマ、ホンダレジェンド、マツダセンティアと車種も揃ってました。急転直下のバブル崩壊でこれらのモデルは十分な成熟を見る事なく、国内市場向けの供給体制は急激にフェードアウトしていきました。最近では日本のお家芸であるハイブリッドを使った復活の動きは見られ、シーマに続きレジェンドも復活するようで期待しています、マツダもディーゼル使ってセンティアを甦らせてはいかがでしょうか?
メーカーが日本車の魅力を本気で再発掘しようとするならば、レクサスの売上減を甘受した上でセルシオみたいなクルマを再設計・再発売することは、とても重要なことではないかと思います。セルシオとレクサスLSは設計上は同じラインに連なるクルマですが、日本市場においてVIPカーシーンの絶対王者セルシオがレクサスLSと名を変えた時こそが、トヨタが知らず知らずの内に日本のクルマ文化の最も大切な部分を葬った瞬間だったように思います。このサイズのトヨタブランド車は今でもクラウンマジェスタが残されていますが、世界で勝つために鍛え上げられたセルシオと、国内専用車クラウンを拡大しただけのマジェスタでは大きく意味合いが違います。
「VIPカー」と聞くと、マナーの悪い若者がわがもの顔で乗っているというネガティブなイメージがあるかもしれません。自動車オーナーなんてのは大なり小なりわがままな存在であって、周囲に対して威圧的な運転をする輩は車種に関係なくたくさんいます。まあ誰でも容易に想像できますが、たまたまデカくて高級そうなクルマに乗っているからというだけで、「VIPカー」だけがけしからん!と目くじらを立てられやすい面は多分にあったようです。
しかしですよ!1000万円超のLS、Sクラス、7シリーズ、A8、パナメーラ、クワトロポルテ、XJといった現行のLセグセダンにはなんだか"風情"とか"人情"ってものが感じられないんですよ。ちょっとオーナー様には失礼ですが、完全にディーラーにほめ殺しにされて買っちゃいました!って雰囲気が滲み出ています。今でも日本にはクルマに1000万円かけてもいいくらいの高所得者が100万人もいるようなので、好きなクルマを買えばいいと思うのですが、「好きなクルマ」として主体的に選択されていたように思うのがセルシオやレジェンドのような「VIPカー」であり、LSやSクラスというのは「社会的階級」とその生活水準から導き出されるライフスタイル全体の風景を損なわないために消極的に選択されている気がします。レクサス以外の日本車は論外!みたいな脅迫観念を吐露する金持ちを何人も見てきました・・・。
セルシオやレジェンドならば地方都市の軒先に置かれていても「絵」になりますが、LSやSクラスは白金や麻布十番もしくは鎌倉や葉山といった洗練された住宅地の屋根付き駐車場からスロープを上がって出てこなくてはダメ!とすら思ってしまいます。そこではクルマが主体ではなく、洗練された住環境に置かれた1アイテムでしかないですから、LSがいくらいいクルマだったとしても、不必要な大径ホイールやオレンジに塗られたキャリパーは「下品」と蔑まれてしまいます。こんな窮屈な環境では本質的なクルマ文化の成熟にはつながらないはずです。逆にセルシオが持っていた最大の美徳とは、スバルやBMWのようなクルマ本位の価値観を伴っていながらも、メルセデスを仕留めるほどの抜群の基本性能も同時に持っていることにあったと思います。
マツダの歴代ロードスター開発者はインタビューの度に複雑なコメントをします。北米ではユーザーの半数は女性であって、ロードスターはオシャレなお買い物車なのだと・・・。アウディが2000年代に確立したブランドイメージは今や勝手に独り歩きを始め、セレブ的生活に憧れる貧乏人相手の商売に色気を出して小型で廉価なラインナップがどんどん増えています。メルセデスもその手の市場に参入を始め、BMWもミニブランドを使ってそのニーズを上手く取込んでいます。1990年代までの武骨なBMWのイメージはすっかり影を潜め、新たに投入されているSUVの新型モデルを見てBMWファンはガッカリの方のため息をつきます。
やっぱり「武骨な」BMWや日産。そして「オタクっぽい」スバル。それから「ヤンキーっぽい」VIPカーがあってこそのクルマ文化だったように思います。各方面から称賛を浴びている最近のマツダですが、これもなんだか非常に危ういものに感じられます。これで2017年頃にファンの期待にそぐわない"ゆる〜く"なった新型RX7が見事にずっこけたら目も当てられません。未確認情報ではマツダの企画者から600万円超の価格帯が予告されているようですから、かなり際どい立ち位置になるのは間違いなさそうです。アルファロメオやプジョーと争うように超絶ハンドリングなFF車を作っていたスタンスは捨てて、オシャレな街の風景になろうとしているマツダですが、世界販売も株価も思いのほか伸びなかったこの辺で足元を見つめ直した方がいいかもしれません。センティアはマジでどうですか?
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